台湾の現場で店舗工事が完了し、いざオープン準備へ。
しかし、現場に足を運んだ日本の担当者がこうつぶやきます。
「あれ?なんか、日本と違う……」
図面は同じはずなのに、細部の仕上がりがどこか違う。
クロスのつなぎ目、照明の位置、什器の高さ、壁面のライン──全体を見渡すと、どこか“しっくりこない”感覚。
実はそれ、文化の違いが現場に表れているサインかもしれません。
第12話では、「手間をかける日本、スピードを重視する台湾」と題し、日台の内装工事における価値観の違いを深掘りします。
「なぜ台湾は早いのか?」「なぜ日本は丁寧なのか?」「どうすれば台湾で日本品質を実現できるのか?」といった疑問に対し、実例と実践方法を交えて徹底解説。
この記事を読めば、台湾現場に対するモヤモヤがスッと解け、日本側・台湾側、双方の価値観を活かした“理想の現場づくり”のヒントが得られるはずです。
日本の「職人文化」と台湾の「完成主義」の対比
日本の現場は“完璧”を追い求める文化
日本の内装工事現場において、最も大きな特徴の一つが「完璧主義」に近い“職人文化”です。
図面の通りに仕上げるだけではなく、むしろ図面以上の美しさや精度、そして使いやすさを追求するのが、日本の現場に根付いた価値観といえます。
例えば、日本の現場では、ビス1本の位置、クロスの貼り終わりの目地ライン、タイルの割り付け、照明器具の中心位置など、ミリ単位のズレにこだわります。
現場監督も職人も、「これで本当にお客様が満足するか?」を常に自問しながら工事を進めるのです。
この「細部に神が宿る」という考え方は、長年の住宅や商業空間づくりの積み重ねの中で培われてきた美意識と誇りの表れでもあります。
施工精度だけでなく、素材の扱い、現場の清掃状況、職人のマナーに至るまで、「お客様に見られて恥ずかしくない現場かどうか」が常に問われています。
こうした文化の中では、多少の工期の延長や予算調整が発生しても、「品質重視」が優先される傾向があるのです。
台湾では“そこそこOK”が通じる背景
一方、台湾の内装工事現場では「ある程度でOK」という感覚が比較的強く、完璧さよりも実用性やスピードが重視される傾向にあります。
これは決して手抜きをしているというわけではありません。
むしろ、限られた予算・時間・人材リソースの中で“現実的に最善”を選ぶという合理的な価値観が働いています。
台湾の工事現場では、タイルの割り付けやクロスのジョイント位置など、日本ほど厳密に管理されないことが多く、仕上がりに多少のズレがあっても、工事全体の流れがスムーズに進む方が優先されます。
クライアント側もその前提で完成を受け入れているケースがほとんどです。
また、台湾では職人の数も限られており、一人ひとりが多能工であることが多いという事情もあります。
専門性を極めるよりも、一定の品質で複数の作業を同時にこなす柔軟性が求められます。
このため、結果的に“全体を早く仕上げる”という意識が文化として根付いているのです。
精度へのこだわりが現場をどう変えるか
では、日本のように精度にこだわることが現場にどう影響するのでしょうか。
まず、当然ながら作業時間は長くなります。
クロスの目地をどこで切るかを現場で職人と一緒に検討し、サンプルを貼って確認し、場合によってはやり直しも行います。
タイルの割り付けにしても、図面上で計算して現場で墨出しをして微調整し、中央揃えか、入口基準か、視線に入る位置を優先するか、複数案を現場で検討することになります。
これは、現場の監督と職人との信頼関係があってこそ成り立つ工程です。
つまり、精度にこだわるとは、「設計図通りにやればいい」ではなく、「現場の中で最も美しく、納得できる形を探る」作業なのです。
手間はかかりますが、その分だけクオリティの高い空間が生まれます。
一方で、このようなやり方は台湾の現場ではなかなか通用しないこともあります。
理由はシンプルで、そこまでの時間と人手がかけられないことが多いためです。
日系企業が台湾で内装工事を行う際、日本と同じ精度やプロセスを期待してしまうと、施工側との間に大きなギャップが生まれることになります。
細部への美意識がもたらすコストと時間
日本の内装工事では、例えば「見えないところにも手を抜かない」という精神が重要視されます。
天井裏の配線の整理、収納内部の塗装のムラ、家具の裏板の処理など、一見お客様の目には見えないような部分にも手間をかけることで、「完成度の高さ」が評価されます。
当然ながら、こうした細部へのこだわりはコストにも反映されます。
手間が増える分だけ人工(にんく)がかさみ、納期も延びる。
つまり、時間とコストが比例する構造が明確なのが日本の現場の特徴です。
しかしこれは、「高いお金を払ってでも良いものをつくりたい」という発注者側の理解があってこそ成り立つ価値観でもあります。
対して台湾では、特に商業空間において「早くオープンすること」が第一目標になりがちです。
1日でも早く営業を開始し、利益を出すことが優先されるため、細かい修正や手直しにはあまり重きを置かれません。
「あとでやり直せばいい」という柔軟さもありますが、それによって初期のクオリティが妥協されてしまうケースも少なくありません。
仕上がりの違いから読み取る価値観の差
最終的に空間として完成した店舗を見比べると、日本の工事では“静かな完成度”、つまり細部まで美しく整った空気感が漂います。
一方、台湾の空間は“活気ある仕上がり”、つまりラフだけれど勢いと生命力を感じさせる空気感があります。
これは、どちらが優れているという話ではありません。
むしろ、それぞれの価値観が現場に表れている結果だと言えるでしょう。
日本のクライアントが台湾に進出した際、この違いを「品質が悪い」と捉えると、現地の施工会社との信頼関係が崩れてしまいます。
逆に、台湾の施工会社が日本のような高精度な施工要求に慣れていない場合、無理をさせてしまうことになります。
だからこそ、まずはこの「文化の違い」を知り、どこに落とし所を見つけるかを設計者、監督、発注者がともに考える必要があります。
台湾現場で優先される「スピード感」の正体
台湾現場では“早く終える”ことが信用につながる?
台湾で内装工事に携わっていると、まず驚かされるのはその工事のスピードです。
見積もり依頼から着工、完成、引き渡しまでの流れがとにかく速く、「えっ?もうここまで進んでるの?」と驚く日本人の設計者や監督は少なくありません。
この“スピード”は、台湾の工事文化において単なる手際の良さではなく、信頼や評価の指標にもなっている点に特徴があります。
つまり、「迅速に対応してくれる=信頼できる会社」という評価軸が社会全体に浸透しているのです。
日本での「丁寧=信頼」の価値観とは対照的ですね。
実際、台湾では「約束の日よりも早く終える」ことで、発注者から感謝される場面が多々あります。
納期を守るだけでなく、前倒しで終えることで「やる気がある」「責任感がある」と評価される。
スピード感は、技術や実績と同じくらい重要な“見える価値”なのです。
現場スタッフの動きと判断力の速さに注目
台湾の内装工事現場を見ていると、職人や現場作業員の動きが非常に機敏で、かつ判断も早いことに気づきます。
日本のように、逐一監督や設計者に確認を取るのではなく、ある程度の裁量でその場で判断して進めてしまうことが多いのです。
もちろん、これはすべてのケースで成功するとは限らず、判断ミスや仕上がりトラブルにつながるリスクもあります。
しかし、これだけ迅速に判断・施工を進められるというのは、台湾の現場における実践力と経験値の高さを物語っています。
また、台湾の職人の多くは、複数の業務を横断的にこなす“多能工”であることが多く、現場でのちょっとした問題であればその場で対応できてしまいます。
これは、日本のような「専門分野ごとの担当分け」がきっちりされている現場とは異なり、柔軟性と即応力が求められる文化であることを示しています。
工期が短縮される理由とリスク
では、なぜ台湾ではここまで工期が短くなるのでしょうか。その理由は、以下のような点にあります。
- 多能工の存在により人手の配置が効率的
- 確認や承認のプロセスが少ない
- 現場の判断でそのまま施工が進められる
- 工事スケジュールがざっくりしていて柔軟
- トラブルも現場で即座に“処理”される
つまり、「スピードが出る仕組み」がもともと工事体制に組み込まれているのです。
一方で、これが“裏目”に出てしまうこともあります。設計者の意図が正確に伝わらずに仕上がってしまったり、クライアントの確認を待たずに工事が進んでしまったりというケースです。
また、最初の施工は早いものの、後から「やっぱりここ直して」となったときに、すでに他の工程が進んでいるために手直しが困難になることもあります。
このため、初期段階でのすり合わせや共有が甘いと、後で取り返しのつかないズレが生じるのが台湾の現場の特徴でもあります。
変化に即応する台湾現場の柔軟性
台湾の内装現場では、「設計変更」が当たり前のように起こります。
しかもそれは、設計段階ではなく、施工中にオーナーの意向や状況によって即座に発生することが多いのです。
この変化に対して、台湾の現場は非常に柔軟に対応します。
設計図と違う工事内容になったとしても、現場判断で「今はこの方法がベスト」と判断すれば即座に方向転換する。
材料の在庫がなければ別の材料で、工法が合わなければ別の方法で──という風に、結果重視の思考が根底にあります。
これは、日本の現場に慣れている人にとってはやや“いい加減”に映るかもしれませんが、実際には変化対応力の高さであり、スピードを担保するための柔軟性とも言えます。
とはいえ、このような変更や即応には、クライアントや設計者との共有が不十分なまま進んでしまうリスクが常につきまといます。
だからこそ、日本側の担当者がしっかりと現場に入り、「どの範囲までを現場判断に任せるのか」を明確にしながら進める必要があります。
スピード重視が設計に及ぼす影響
台湾の工事現場では、スピード感が最優先されるため、設計段階からその影響を強く受けることになります。
たとえば、図面の作成にかける時間が短く、詳細図が不足したまま現場に渡されることも少なくありません。
これは、スピードを求めるオーナーやテナント側の「早く図面が欲しい」という要望に応えるため、設計者が短期間で図面をまとめざるを得ないという事情もあります。
この結果、現場では図面を見ながら判断するのではなく、口頭での指示や現場での対応が多くなります。
そして、それが台湾の職人や工事会社のスピード対応能力によって、何とか成立してしまうこともあるのです。
しかし、このような進め方では、設計者の意図が伝わりにくく、“とりあえず形にする”工事になってしまいがちです。
そのため、日系のブランドや設計事務所が台湾に進出した際、「なぜ図面通りに仕上がらないのか?」と不満を抱えることになります。
台湾のスピード感は、ある意味では“現場でつくりながら決める”というスタイルが基本にあるからこそ実現できているのです。
これは、設計のプロセスそのものが日本とは根本的に違うということを意味しています。
なぜ日本では「工期通り」が死守されるのか?
日本の工程表はなぜ精密なのか
日本の内装工事において、「工期を守る」というのは絶対的な信頼の指標です。
契約書に記載された引き渡し日を守ることはもちろんのこと、日々の工程表に記載された細かな作業の進行管理までもが、非常に綿密に組まれます。
その背景には、日本社会における “納期厳守”の文化 が深く根付いていることが挙げられます。
日本の現場では、工期とは「遅れてはならないもの」という認識が強く、例え台風や地震などの不可抗力があっても、可能な限りリカバリーして帳尻を合わせる努力が当たり前のように求められます。
このため、工事が始まる前の事前準備や段取りが非常に重要になります。
工程表は「ただのスケジュール」ではなく、プロジェクト全体を成立させるための設計図とも言える存在であり、その1日1日が緻密に計画されているのです。
たとえば、資材の搬入日、職人の手配、検査日、施主確認などが分単位で調整され、わずかな遅れも後工程に影響するため、全体を綿密に組み上げておく必要があります。
この「段取り八分、仕事二分」という日本の現場精神が、工期を守るための要(かなめ)となっています。
工事監督の役割がもたらす管理力
日本の現場で特に重要な役割を果たすのが、「現場監督(現場管理者)」の存在です。
台湾の現場では設計者と施工者が直接やりとりする場面が多く、“監督”という立場が曖昧になりがちですが、日本では現場監督がプロジェクト全体の中枢を担い、工事の進行を司ります。
この現場監督が、工程表通りに作業が進んでいるかを常に確認し、職人とのやりとり、材料の発注、検査の手配、そして施主や設計者との調整を行います。
時には、現場の状況を見て設計内容を微調整したり、職人の動線を考慮した手配を行ったりするなど、あらゆる事象を俯瞰して管理するのが現場監督の仕事です。
この存在があるからこそ、多少のトラブルが発生しても迅速に対応し、全体のスケジュールを死守することが可能になります。
まさに“司令塔”としての役割を担っており、このポジションの人材育成や経験の積み重ねが、日本の現場力を支えているのです。
サンプル確認と承認フローの徹底
もうひとつ、日本の工事現場で工期が正確に守られる背景には、詳細なサンプル確認や承認の仕組みがしっかり整備されていることが挙げられます。
例えば、クロスや床材、照明、金物など、あらゆる仕上げ材料について、着工前に実物サンプルを提出し、クライアントや設計者の確認を経て、正式に承認されたものだけを使用するというプロセスが一般的です。
この「先に決める」スタイルは、現場における判断ミスや認識のズレを未然に防ぐと同時に、材料手配の段取りもスムーズにします。
何よりも、現場での“迷い”や“やり直し”を防ぐことで、結果的に工期通りの進行を実現しているのです。
日本の現場では、「現場で決める」のではなく、「事前にすべてを決めておく」ことが美徳とされます。このプロセス管理の丁寧さが、工程の信頼性を高める要素となっているのです。
職人の誇りが生む仕上がりの美しさ
日本の職人文化は、単に技術が優れているというだけでなく、“ものづくりへの誇り”が根底にあるという点で他国と一線を画しています。
「自分が関わった仕事に責任を持ちたい」「見えない部分も手を抜かずに仕上げたい」という美意識が、日本の内装工事の隅々に表れています。
そのため、たとえ工期がギリギリでも、仕上がりに妥協をしないという姿勢が現場にはあります。
この職人の誇りと、現場監督の管理力、そして設計者の意図が一致したとき、日本の現場は驚異的な完成度を誇ります。
美しいタイルの割り付け、まっすぐに貼られたクロス、段差のない床、無音で閉まる扉──こうした細部の積み重ねが「上質な空間」につながり、それがブランド価値を高めるのです。
そして、こうした高品質な施工を支えるためには、無理のない工程計画と適切な時間配分が不可欠であり、そのために工期を厳格に守ることが求められているのです。
品質保証のためのチェック体制
日本の工事現場では、工期通りに進めるだけでなく、品質の保証という観点からも、さまざまなチェック体制が整っています。
中間検査、工程ごとの写真記録、竣工検査、施主検査、行政による確認申請など、チェックポイントが多岐にわたるのが特徴です。
これらのチェック体制が、工事のクオリティを担保する役割を果たすと同時に、工期の進行にも影響を与えます。
つまり、「工程に沿ってしっかり検査しながら進める」ことで、安心して引き渡しができる体制が整っているのです。
特に日系企業やフランチャイズ本部から工事を請け負う場合、「全国どこでも同じ品質で店舗をつくる」ことが求められるため、この品質保証体制は重要な意味を持ちます。
チェック項目が多くなればなるほど、事前準備も緻密になり、結果的に工程表が“動かせないもの”として厳守されるようになるのです。
台湾での「仕上がりトラブル」実例とその回避策
実際に起きた施工ミスの事例紹介
台湾で店舗の内装工事を行う中で、もっとも頻繁に日本企業を悩ませるのが「仕上がりのズレ」や「仕上がり精度の低さ」です。
日本側の設計意図やクオリティ基準がしっかり伝わらないまま工事が進み、完成後に「思っていたのと違う」というトラブルが発生するケースは少なくありませ
ん。
ある日系飲食チェーンが台湾に初出店した際の事例を挙げましょう。
店舗の外観サインは、日本国内では統一された書体・色味・位置で設計されており、それがブランドアイデンティティの一部でした。
しかし、台湾現場では、設計図に記載された寸法通りには取り付けられていたものの、実際には文字の間隔が不揃いで、仕上げの塗装もムラがあるという状況に。
その原因は、現場側が「おおよそこのくらいでOK」という感覚で作業を進めてしまったことに加え、事前のモックアップ確認が行われなかったためです。
設計者が台湾に頻繁に行けない環境下で、写真やメールのやりとりだけに頼っていたことも、意思疎通の精度を下げる一因となりました。
このような事例は一つだけではありません。
タイルの割り付けがずれていた、床材の貼り方向が図面と逆だった、什器と壁面のすき間が予定より大きくて隙間ができた……など、「完成品として致命的ではないが、ブランドとしては許容できない」仕上がりになってしまうことは、台湾では珍しいことではないのです。
伝え方のミスが生む“仕上がりのズレ”
上記のようなトラブルの背景には、設計者と施工者の間の「認識のズレ」があります。
そしてその多くは、コミュニケーションの方法に起因しています。
日本の現場では、詳細な図面とその意図を直接説明し、必要に応じて現場で指示・指導を行うことが一般的です。
しかし台湾では、現場に設計者が常駐することは少なく、また監督という存在も希薄 であるため、図面だけが“唯一の伝達手段”になることが多いのです。
加えて、台湾の現場では「自分なりの解釈で進める」文化 が根付いており、細かな部分まで図面で表現していないと、「これはこういう意味だろう」と現場が独自の判断で進めてしまうことがあります。
また、言語の壁も大きな問題です。
設計図に日本語が使われている場合、現場が正しく理解できず、文字情報が無視されることすらあります。
たとえ翻訳されていても、専門用語や文化的背景が異なるため、意味が正確に伝わらないケースも多く見受けられます。
つまり、「図面を渡した=伝わった」ではないという前提に立ち、伝え方を工夫しなければ、台湾現場では思い通りの仕上がりを得るのは難しいということです。
確認漏れを防ぐための現場チェックリスト
このような“仕上がりトラブル”を防ぐには、確認漏れを防ぐ仕組みづくりが不可欠です。
その一つとして有効なのが、「現場チェックリスト」の作成と共有です。
台湾の工事現場に対して、以下のようなチェックリストを日本側があらかじめ準備して共有することで、トラブルの多くは未然に防げます。
📋 現場チェックリスト例:
- クロス・タイル等、仕上材の方向性・割り付け確認済みか?
- サイン・グラフィックのサイズ・位置は実寸で検証済みか?
- 什器の寸法と設置位置にズレはないか?
- 図面に表現できない部分(納まり等)は現場で指示済みか?
- 言語面の確認(図面内注釈はすべて翻訳されているか?)
- モックアップやサンプルの確認・承認履歴が残っているか?
このようなチェックリストを、設計・施工・現場管理の三者で共有し、各フェーズで確認を進めることで、「気づいたときにはもう手遅れ」という状況を防ぐことができます。
また、図面だけでなく3Dパースやスケッチ、写真資料を多用することで、より視覚的に仕上がりイメージを共有することも非常に有効です。
日本式マニュアルが台湾現場で効かない理由
日本の施工マニュアルや設計資料は非常に緻密で、「誰がやっても同じ仕上がりになる」ように設計されています。
しかし、これが台湾現場ではあまり機能しないことがあります。
その最大の理由は、日本のマニュアルが“完璧な指示書”であることを前提にしているからです。
台湾では、図面やマニュアルを参考にしながら、現場の状況に応じて柔軟に判断することが重視されており、「指示通りにそのまま実行する」という文化が薄い傾向があります。
また、マニュアルが日本語だった場合、それを現場が読めないという基本的な問題もあります。
翻訳されたマニュアルでも、用語や単位、表現の違いによって誤解を招くことが多々あります。
たとえば、「見切り」「開口」「段差」などの建築用語は、中国語に直訳しても意味が通じにくいため、図や写真を添えて説明することが重要です。
つまり、「日本で通用している資料だから、そのまま使えば台湾でも大丈夫」という考えは非常に危険です。
台湾の文化や施工体制に合わせて、カスタマイズされた資料づくりが求められるのです。
台湾流に合わせた伝達方法の工夫とは
では、台湾の現場で「意図した仕上がり」を実現するためには、どのような伝達方法が有効なのでしょうか。
まず効果的なのは、“対面またはビジュアルでの共有”を重視することです。
たとえば、事前にモックアップを製作し、現地で実際に見て・触って・判断してもらうプロセスを入れることで、言語や文化の壁を越えてイメージを共有できます。
また、台湾の職人や施工者の多くは、図面よりも実物や写真を見て理解する傾向があります。
仕上がりイメージを写真で提示する、類似事例を共有する、設置場所にテープで仮マーキングして伝えるなど、言葉に頼らない工夫が功を奏します。
さらに、設計者自身が定期的に現場を訪問し、直接説明・指示することも極めて重要です。
図面だけでなく、その意図や重要性を“顔を合わせて”伝えることで、現場側の理解や納得度が格段に高まります。
言葉の壁がある場合でも、簡単な中国語や通訳を介して、「なぜこの仕上げが大切なのか」を丁寧に伝える姿勢が、結果として良い仕上がりを生むカギになります。
日台の価値観をつなぐ「歩み寄り」の実践方法
日本側が受け入れるべき“台湾の合理性”
台湾と日本の内装工事の文化的な違いを目の当たりにしたとき、多くの日本企業や設計者がまず感じるのは「クオリティが足りない」「管理が甘い」というネガティブな印象です。
確かに、細部へのこだわりやチェック体制の厳密さでは、日本に一日の長があります。
しかし、これは単に技術の差ではなく、文化的価値観の違い からくるものです。
台湾の現場は、日本のような「一切のミスを許さない」体制ではありません。
その代わり、限られた時間と人材の中で、最善を尽くして仕上げる合理性 が根付いています。
決して手抜きではなく、「ここまでで十分に良い」という 実利的な判断 が働いているのです。
日本側がこの台湾の合理性を理解し、受け入れようとする姿勢がなければ、プロジェクトの成功は難しくなります。
日本の価値観を一方的に押しつけるのではなく、「台湾のやり方にも良さがある」と認めた上で、どこに妥協点や調整ポイントがあるのかを探ることが大切です。
その第一歩は、「これはなぜ台湾ではこう進めるのか?」という問いを持つことです。
ただ不満を抱えるのではなく、その背景を知ることで、歩み寄るための具体的な手がかりが見えてきます。
台湾側に伝える“日本のこだわり”の意味
歩み寄りは日本側だけがすれば良いという話ではありません。
台湾側に対しても、なぜ日本の設計者や発注者が細部にこだわるのか、その理由と価値をしっかり伝えることが必要です。
たとえば、店舗デザインにおいて、照明の当たり方や床材の貼り方、カウンターの高さなどにミリ単位でこだわる背景には、日本市場で積み上げてきた顧客体験の蓄積があります。
感性に訴える設計が、リピート率やブランドイメージに直結することを経験的に知っているからこそ、「ここは譲れない」となるのです。
こうした“こだわり”を、単なる「うるさい指示」や「厳しすぎる要求」ではなく、そのブランドが大切にしている哲学の一部であることを台湾側に共有できれば、協力姿勢も変わってきます。
具体的には、設計の初期段階で「このブランドの空間がなぜこういうデザインになっているのか」「どこに一番力を入れているのか」を 言葉とビジュアルで共有 することが有効です。
台湾の現場は非常に柔軟性がある反面、「全体像がつかめないまま細かい施工に入る」ことも多いため、先に全体の意図を共有することで、現場での判断力が大きく変わります。
両者の強みを融合させるハイブリッド型の現場運営
日台の内装文化は、一見まったく違うように見えますが、それぞれに優れた点があります。
日本の 品質に対するこだわりと緻密な工程管理、台湾の スピード感と柔軟性、現場対応力 ── この2つの強みを活かしたハイブリッド型の現場運営が、これからの理想形です。
そのためには、まず設計・施工体制そのものを柔軟に設計する必要があります。
たとえば、主要な仕上げやサイン、什器関係は日本式の厳密なマネジメントで進めつつ、設備配管や下地工事などは台湾の柔軟な判断に任せる といった分業も有効です。
また、「これは絶対に譲れない」「これは現場判断でOK」といった優先順位を、プロジェクト開始時に明確にしておくことも重要です。
日本ではすべてを均質に仕上げることが求められますが、台湾では「どこまでやるか?」の線引きが曖昧になることが多いため、基準を明示しておくことで、相互理解が格段に進みます。
さらに、設計者や監督が現場に足を運べない場合は、信頼できるローカルパートナーを育てる ことも考えるべきです。
単なる施工会社ではなく、日台の文化や現場事情を両方理解した「橋渡し役」の存在が、ハイブリッド型運営のカギとなります。
共通ゴールを明確にするミーティング術
日台のプロジェクトでしばしば起きる問題の一つに、「言った/言わない」「理解した/してない」があります。
これは多くの場合、初期のコミュニケーションにおいて、共通ゴールが明確に共有されていないことが原因 です。
だからこそ、設計・施工の初期段階で行うミーティングが極めて重要になります。
以下のようなポイントを抑えたミーティングを設計しましょう。
🗣 効果的な日台ミーティングのポイント
- ブランドの意図と設計コンセプトを共有
→ 何のためにこの空間を作るのかを全員が理解する。 - 「重要なこだわり箇所」の明確化
→ 図面やパースに印をつけて説明する。 - 「現場判断OK」の項目をあらかじめ伝える
→ 自由裁量の範囲を明示する。 - 言語を超えるビジュアル資料の活用
→ 写真・動画・モックアップで理解を深める。 - 議事録・サインオフ文化の導入
→ 決定事項を文字で残し、双方が確認する。
これらを徹底することで、設計意図の伝達ミスや工事後のトラブルを大きく減らすことができます。
また、ミーティング後の「確認シート」などをメールやLINEで共有し、確認文化を育てる ことも信頼関係構築には効果的です。
成功事例に見る「手間×スピード」のベストバランス
最後に、日台の価値観の“歩み寄り”によって成功した事例をご紹介しましょう。
ある日本のカフェチェーンが台湾に出店する際、設計のこだわりが非常に強く、台湾の設計施工会社にとっては「細かすぎる指示」に困惑する場面も多かったそうです。
しかし、日本側は「これはブランドを守るために必要なこと」と丁寧に説明を重ね、台湾側も「どうすれば効率的にその要望を満たせるか」を前向きに考えました。
結果的に、什器の製作や照明計画などは日本式の品質重視で進めつつ、壁面や天井の施工は台湾流のスピード重視 で行うという役割分担が生まれ、短期間で高品質な仕上がりを実現しました。
この事例の成功要因は、“一方通行の指示”ではなく、双方の「歩み寄りと尊重」があったことです。「日本のやり方が正しい」でもなく、「台湾に合わせるしかない」でもなく、お互いが譲り合いながら目的を共有できた からこそ、実現できた成果でした。
まとめ|「手間」と「スピード」、どちらも正しい。だからこそ必要な“歩み寄り”
日本と台湾の店舗内装工事は、まるで違う国の物語のように価値観も進め方も違います。
日本は「丁寧さ」「緻密さ」「完璧さ」を重んじる職人文化。
一方、台湾は「スピード」「柔軟性」「合理性」を重視する実利の文化。
この違いは、どちらが優れているというものではなく、それぞれの国が積み上げてきた経験と環境の中から生まれた、“正解”です。
日本の現場では、仕上がり精度や工程管理が徹底されており、何ミリのズレにも目を光らせます。
施主の期待を超える空間づくりを目指し、目に見えない部分にも手間を惜しみません。時間がかかっても、それを価値と捉える文化があります。
一方、台湾の現場では、決められた時間と予算の中で、最大限の効果を出すことが求められます。
スピードは信頼に直結し、現場では臨機応変な対応力が光ります。
完璧を追求するよりも、「今できるベストを出す」柔軟性が問われるのです。
この2つの文化が交わる台湾出店のプロジェクトでは、どちらか一方の価値観を押し通すだけではうまくいきません。
大切なのは、「違いを認識し、歩み寄る姿勢」を持つこと。
日本のこだわりを伝える努力、台湾のやり方を理解する寛容さ。
この双方の歩み寄りがあってこそ、現場は生きた空間となり、双方にとって満足のいく結果につながります。
本記事では、「手間」と「スピード」という対照的なキーワードを軸に、日台の現場で起きるすれ違いと、それを乗り越えるための具体的な方法をご紹介しました。
読者の皆さんが、台湾現場との信頼関係を深め、よりよい空間づくりに取り組まれる一助となれば幸いです。